2020-09-05

特別編 1939年 欧亜大陸鉄道の旅(#12 Day 12/ワルシャワ - ズボンシン)

 東京を出発して12日。11泊連続で車中泊をしてきたのだが、ついに最後の夜を迎える。
 ワルシャワ発パリ行きの列車が最後の寝台特急。つまり、翌日にはロンドンに到着することになる。
 とはいえ現在地点はポーランド。広大なドイツ帝国の領土を抜けてベルギーへ、さらにドーバー海峡を越えなくてはイギリスにはたどり着けない。
 まだまだ先は長い。

ポーランド南西部の路線図 乗車ルートを赤く着色

西欧へ

#9 ワルシャワ中央 - (ズボンシン) - オーステンデ桟橋
dep: arr: Pociąg bezpośr L1301列車 パリ北/オーステンデ桟橋 行き
ワルシャワ中央 - ズボンシン間の時刻表
ベルリン、パリの文字も見える

 ソ連国境からワルシャワにたどり着いたのもつかの間、すぐに次の列車に乗り換える。
 次の列車は、Pociąg bezpośr L1301という列車名の国際列車である。Pociąg bezpośrは、ヨーロッパ主要都市を結ぶ国際特急といった意味合いのようだ。そして列車番号につけられてLは、豪華列車を表している。行き先はフランスのパリ北行きとベルギーのオーステンデ行きが併結されている。さらに曜日によっては他の方面の列車が併合されているようだ。
 ポーランドのワルシャワからオーステンデまでのルートには、ドイツのベルリン、ケルン、そしてベルギーのブリュッセルといった都市があり、3か国を股にかけて走破する列車となっている。さらにベルギーのリエージュからは列車が分割され一部車両はパリ北駅行きとなる。
 実は、この列車が今回の旅の最後の寝台列車である。東京を出発してから日本で1泊、朝鮮で1泊、満州で2泊、ソ連で7泊してきたのだが、そこから先はわずか1泊でロンドンに到着する。この時代、ポーランド以西のヨーロッパ主要都市間は1泊で移動できる列車網がすでに構築されていたのである。

 ワルシャワ中央駅地下にて、わずか10分の乗り換え時間で飛び乗った列車は、すぐにドイツに向けて走り出す。
 13時23分に出発したL1301列車は、クトノ、ポズナンと2駅に停車するだけでドイツとの国境の駅ズボンシンに到着する。到着時刻は18時4分。ポーランドに入国したのが今朝の6時27分だったのでポーランドはわずか12時間で通過してしまうことになった。
 ズボンシンを出国すると、次の駅・ノイベンツェン(現・ズボンシネク駅)からはドイツ領となる。

ドイツ-ポーランド間の国境

 ポーランドの東側の国境が現在と比べて大きく東側に動いていたことは前々回に紹介したが、実は西側の国境も現在とは大きく異なっている。
 現在のポーランドとドイツの国境はズボンシンから100キロほど西にあるオーデル川に引かれているが、これが確定したのは第二次世界大戦でドイツが敗北した後のことである。
 すごくざっくりした言い方をすれば、ポーランドの領土は、戦後ドイツ側は100キロ、ソ連側は200キロ、西へ動いたことになる。
 ノイベンツェンでドイツに入国した後、これから迎える夜の間に、ナチス政権下のドイツを走破する。

 北急行 パリ行きの通過時刻表は、欧亜大陸鉄道の時刻表のページでも確認可能です。

参考文献
  • URZĘDOWY ROZKŁAD JAZDY I LOTOW. OKRES LETNI 1938(1938年) / 復刻版 (2014年) Poznański Klub Modelarzy Kolejowych
  • COOKS CONTINENTAL TIMETABLE AUGUST 1939 (1939年) Thomas Cook / 復刻版 (1987年) J H Price

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