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2017/06/22

乗り鉄☆たびきっぷ 15私鉄制覇(#3 鬼門の三河編)

 JR東海の「乗り鉄☆たびきっぷ」を使って、2日間でJR東海在来線沿いの15の私鉄を制覇する旅。
 初日早朝エリア西の端・近江鉄道からスタートし、新幹線でエリア東の端・伊豆箱根鉄道に移動、そこからはひたすら西に進んで6私鉄を制覇。
 21時を回ったが、まだ終電までに7私鉄目の豊橋鉄道を制覇可能な時間が残されている。

7私鉄目豊橋鉄道でトラブル発生

運動公園駅の地面 横断歩道でスパッと線路が終わっている
豊橋・豊橋駅

 新所原から2駅、10分で豊橋に到着。これから終電までの2時間余りで、豊橋鉄道を制覇し初日の全行程が終了となる。
 豊鉄鉄道は、路面電車の市内線と普通鉄道の渥美線の2路線を持つ私鉄。豊橋駅の北側に市内線が延び、南側の渥美半島に向かって渥美線が延びている。(乗り鉄☆たびきっぷの券面の地図は、どっちも南側に延びているんだよね...。ちょっと気になった)
 本日は市内線、渥美線の順に制覇する予定。

 JRの駅を出て、駅前のペデストリアンデッキから市電の乗り場に向かう。階段から乗り場を見下ろすと、50人は優に超える長い列が出来ている。なんだか嫌な予感がする。
 21時32分発の「運動公園前行き」の電車に乗る予定なのだが、その数分前に到着した電車の行き先が予定と違い「赤岩口行き」になっている。どうやら、22分発の電車が約10分遅れで到着したらしい。後でわかったのだが、この日市内でなんらかのお祭があったらしく、これが遅れの原因となっているらしい。

 さりとて、この状況はさして危険な状況ではない。予定では市内線を制覇した後、22時45分新豊橋発の渥美線の電車に乗車することにしているが、この電車への乗車はマストではないからだ。
 渥美線の逆方向の終電が早く、この時間からは往復して豊橋に戻ってくることはできないため、本日中に渥美線の終点・三河田原にたどり着ければ、今日のノルマは達成できる。三河田原行きの終電は23時25分新豊橋発である。
 一方、市内線を制覇して豊橋に戻ってくる予定時間は22時34分。渥美線の終電まで1時間近く余裕があることになる。
 また、市内線は末端の一駅分だけ、赤岩口駅と運動公園前駅の二股に分かれている。この二股部分を行ったり来たりして乗車すると時間がもったいないので、運動公園前行きの電車に乗り、赤岩口まで歩いて移動し、赤岩口から豊橋駅前に戻ってくる予定だった。ちなみに運動公園前から赤岩口までは約1キロ、予定では21分という十分な時間を確保していた。
 さて、ここでまず一つ決断を下さないといけない。今、目の前にある10分遅れの電車に乗るか否かである。この電車が10分の遅れのまま赤岩口に着くと、21時53分着となる。次の運動公園前発の電車は22時ちょうどの発車。となると1キロを7分で走らないとならなくなる。これはおいらの脚力ではまずムリ。
 でも、きっと運動公園前発の電車も遅れるだろうから...、などと考えている内に、電車は出発してしまった。
 よって、おいらには、予定通り次の運動公園前行きに乗るという予定調和な選択肢しか無くなってしまった。

 赤岩口行きの電車が出発して数分、ようやく運動公園前行きの電車が姿を見せる。路面電車1両分としては超満員といってもよい数の乗客を乗せ、駅前を出発したのは定刻より6分遅れの21時38分。このままの遅れであれば、運動公園前から赤岩口への移動も楽勝っぽい。
 とはいえ心配なのが大量の乗客。乗り降りに時間がかかっては遅れが広がっていってしまう。しかし、そんな心配をよそに路面電車はほとんどの停留所に停車せず、どんどんかっ飛ばしていく。どうやら、みなさん終点近くの停留所まで乗車するようだ。
 で、駅前から15分あまり、終点の手前2駅の競輪場前まで6分の遅れをキープ。なんとか、予定通りいけそうだと思った矢先、路面電車に異変が訪れる。競輪場前の停留所からいつまで経っても発車しないのだ。
 これも後でわかったのだが、停留所から先の線路は単線になっていて、先行して発車した電車が戻ってこない限り、次の電車は発車できないらしい。
 結局、競輪場前で5分近く停車した後出発し、終点・運動公園前に着いたのは22時03分。赤岩口の電車が発車予定時刻まで12分しかない。もし間に合わなかったら、停留所で30分も待ちぼうけを食らうはめになる。

豊橋・豊橋駅

 そんなわけで、運動公園前から赤岩口までの1キロをダッシュするはめになった。1キロ12分なら余裕と思うかもしれないが、まったく土地勘の無い場所、スマホのGoogle Mapを見ながらのダッシュとなるとなかなか厳しい。
 運動公園前から5分、Google Map示した近道を抜け、路面電車の線路の敷かれた道にたどり着いた。暗い道の先に、停留所らしいあかりが見えている。
 が、その時、不覚にも派手に転倒してしまった。
 暗い道でスマホを見ながら走っていたため、足元の縁石に気がつかなかったのだ。
 手とあごをすりむき、なおかつスマホは中破。ほうほうのていで、なんとか赤岩口駅へ...。道の中央の停留所に渡る信号を待っている間に電車がやってきてしまい、時間的にはかなりギリギリだった。

 結局、折り返しの赤岩口発の電車はほぼ定刻通りに出発し、予定通りの時間に豊橋駅に戻ってきた。
 おかげで余裕を持って渥美線に乗り換えることはできたのだが、手とあごからは出血...。駅前のコンビニで絆創膏を買って、三河田原行きの電車に乗り込んだ。

 終電間際の渥美線は運行本数が減っていることもあり、まあまあの客の入り。18キロを30分かけて走り、終点・三河田原駅に到着する。
 渥美半島の先端には島崎藤村の「椰子の実」で有名な伊良湖岬があるのだが、渥美半島の真ん中やや手前に位置する三河田原駅から伊良湖岬まではまだ30キロほどあり、観光の足とするには微妙な位置関係。それ以外にこれといった観光地もないので、渥美線は地域の住民の方以外は余り縁の無い存在。おいらも終点まで乗ったのは初めてだ。
 さてと、駅周辺を見渡すが、まあ、時間も時間なので何も無い。風景は明日再確認するとする。
 軽症を負ったもののなんとか7私鉄を制覇して1日目が終了。

翌朝、当ブログ始まって以来、前代未聞のトラブルが...

三河田原駅
田原・三河田原駅

 翌朝、6時間半ぶりに三河田原駅に戻ってきた。
 朝、改めて見てみると、三河田原駅はかなり新しいスタイリッシュなデザインの駅舎だった。
 本日は渥美線で豊橋に戻った後、まずは岡崎に向かい愛知環状鉄道を乗りつぶし、さらに中央線で恵那に向かって明知鉄道の制覇に取り掛かる予定。
 予定では6時15分の電車に乗るつもりだったが、少し早く三河田原駅に着いたので、本早い6時ちょうど発の電車に乗ることにした。

 と、思っていたのだが、ここでおいらは大きな勘違いをしていた。
 計画では5時34分発の電車で豊橋に向かい、そこで6時15分発の東海道線に乗り換えて岡崎に向かう予定だったのだが、何を思ったのか予定表を1行見間違えており、6時15分に三河田原発の電車を乗ればよいと思いこんでいたのだ。
 要するに、乗った電車は1本早いのではなく、予定より2本、30分近くも遅い電車だったのである。
 この遅れだと予定した明知鉄道の列車には乗ることはできない。明知鉄道は1時間に1本あるかないかのツチノコ級の超ローカル線ダイヤ、予定の列車を乗り過ごすと挽回不能で、15私鉄制覇は失敗となってしまう。2日目最初の電車にして、早くも計画が破綻してしまったのである。
 それにしても、なんとタワケ(名古屋弁。よりネイティブな発音で表記するならターケ)な理由で電車に乗り遅れてしまったことか...。この日の朝は結構早起きしていて、のんきに納豆ご飯を食べていたのである...。
 いや、おいらもボケたもんである。

 乗り遅れてしまったものはしょうがない、次善の策を練るしかない。
 まず思いついたのが、ここは潔く諦めて後日リベンジをするという、いつもの手である。
 今回の旅はおいらの地元なので比較的リベンジはしやすい。が、スケジュール上どうしても前泊と後泊が必須で、実質3泊4日の行程が必要。リベンジするのはなかなかにしんどい。
 となると、次の手としてはどれかの私鉄を諦めるという選択肢がある。どのみち16私鉄乗り放題のきっぷを使いながら、15私鉄しか乗らないのだから、もう1つ私鉄乗車を諦めてもどうってことはない。しかも、時刻表上、次の愛知環状鉄道をすっ飛ばしてJRを乗り継いで恵那に向かえば、予定の明知鉄道に乗ることができそう。
 「これは妙案かも」と、時刻表を眺めていたら、あることに気がついた。
 このまま豊橋まで行き、急いで東海道線に乗り換えれば、豊橋を6時35分に出発する特別快速に飛び乗ることができる。特別快速が岡崎に着くのは6時55分。予定していた愛知環状鉄道の出発時間は6時56分なので、1分で乗り換えることができれば、元のプランに復帰することができる。
 となると問題は、果たして1分で岡崎駅の乗り換えは可能なのか? ということ。
 岡崎の構内図を再確認してみると、JR東海道線の下りホームと愛知環状鉄道のホームは隣の隣という位置関係。途中中間改札は無く、階段を上ってちょっと歩いて降りるだけである。時間的には歩いても1分かからないはずだ。
 しかし電車は時間通り到着するとは限らないし、定刻どおり6時55分に到着したとしても、それが6時55分59秒ならアウトである。
 だが幸いにも万が一乗り換えに失敗しても、東海道線に戻って次の新快速を捕まえれば、金山経由で予定の明智鉄道に間に合う時間に恵那に到着することができる。つまりは「愛知環状鉄道省略プラン」を実行することもできるということだ。
 結論は出た。岡崎1分乗り換えにチャレンジするしかない。

 そんなことを考えている内に、電車は終点・新豊橋に到着。行きは深夜だわ、帰りは時刻表を調べていたわで、全く車窓を眺めることなく、足掛け二日に渡った渥美線の往復が終了。
 豊橋駅の乗り換え時間は4分、豊橋鉄道の新豊橋とJRの豊橋駅はそれなりに離れているので、急がなくてはならない。

岡崎1分乗り換えで、8私鉄目の愛知環状鉄道へ

豊橋・豊橋駅

 豊橋駅の乗り換えをなんなく完了し。20分後の岡崎駅での1分乗り換えに備える。
 思えば4年前、1日で名鉄全線を制覇する名鉄全線444.2km 1日制覇にチャレンジしたときも、うっかりミスをやらかしたのが豊橋駅だ。その後、名鉄の東岡崎駅の1分乗り換えで挽回を試み、それ自体は成功したものの、その先の電車の遅れで敗退を喫することになった。
 東三河はおいらにとって鬼門らしい。尾張の民として、敵対する三河を散々コケにしていることの意趣返しだろうか...。恐るべき”じゃんだらりん(三河弁の語尾。女の子が「食べりん」とか言うと、ちょっとかわいい)”。

岡崎・岡崎駅

 岡崎駅に到着する前から出口付近の扉で降車の構えを見せていたのだが、比較的余裕のある時間に到着。そんなに急がなくても乗り換えはできそう。
 と、余裕で写真を撮っていたら車掌さんに出発の笛を吹かれてしまったので、慌てて電車に乗り込む。

 愛知”環状”鉄道は、その名に反して環状ではなく豊田を中心に南北直線状に線路が敷かれた路線。JRの東海道線と中央線をバイパスしているように見えるが、全列車普通列車なので通過するなら、名古屋経由で大回りしたほうが早く着くという微妙な鉄道。
 まあ長距離移動にはあまり向かない鉄道だが、地元の足として活躍していて、第3セクター鉄道にしては珍しくそこそこ儲かっているらしい。そのせいか車両も新し目で、乗り心地のよい快適な鉄道旅を満喫することができる。

 岡崎を出発し、しばらくは田園地帯を走っているが、そのうち豊田の工場群の中を走るようになる。さすが自動車産業の本場、工場が多いし、どれも半端なくデカイ。
 で、その工場地帯を抜けると、次は2005年の愛知万博の会場となった海上の森の中へ向かう。そこを抜ければ瀬戸の街にたどり着き、瀬戸市の境界・庄内川を越えたらすぐに終点・高蔵寺である。
 小一時間の西三河縦断の旅はトラブル無く終了。

春日井・高蔵寺駅

 名古屋のベッドタウン、高蔵寺ニュータウンの最寄り駅・高蔵寺駅。これより北側は岐阜県であり、愛知県、そして名古屋の都市圏の端っこにあたる。
 17分の乗り換え時間でやってきた中央線の快速・中津川行きに乗車する。
 次の9番目の私鉄は、明知鉄道。高蔵寺から中央線を長野方向に40キロばかり進んだ場所にある恵那駅が乗換駅である。
 木曽路に向かう谷に沿って進む中、いくつかの町を越え30分ほどで恵那に到着する。

9私鉄目は明知鉄道

(上)歯医者ではなくて明知鉄道の恵那駅 歯医者は単なる広告
(下)お隣のJRの恵那駅 明智駅 駅の名前は明"智"駅 鉄道名は明"知"鉄道
恵那・恵那駅

 ホームから百名山の一つ、未だ残雪の残る恵那山が見える恵那駅に到着。大きなJRのホームの片隅にひっそりと明知鉄道のホームがある。
 明知鉄道もまた国鉄の赤字ローカル線を引き継いだ第3セクターの鉄道で、ご多分に漏れず、なんとかカツカツで運営している状況。
 しかしながら、本数も少ないせいもあるとはいえ、座席がそこそこ埋まる大盛況で、定刻通り恵那駅を出発した。恵那駅を出発し、次の東野駅を越えたあたりから、急に山深い場所に入り込み、急勾配をぐんぐん登る山岳鉄道の様相となる。カーブを曲がるたびに車輪をきしませながら1両編成の小さなディーゼルカーが標高を上げていく。
 途中、道中の中間あたり、岩村駅で乗客の大半が下車をしていった。格好から推察するに、ハイキングコースでもあるのだろうか?
 岩村を出発し、終点・明智に到着する前に再び勾配がきつくなり、山が開けた盆地に到達したところで明知鉄道は終了となる。
 なお、明智という字だが、鉄道名は明『知』鉄道だが、駅名は明『智』駅。
 ↑ここ、テストに出るところね。


明知鉄道恵那付近の車窓 なかなかの山岳鉄道🚞感

明智駅前の日本大正村を散策

(左)大正小路
(右)旧町庁舎 (左)2両目の車両には会議机が並べられていた
(右)明知鉄道の駅には列車の遅れを示すランプが設置されているっぽい
恵那・明智駅

 明知鉄道の終点・明智駅。旧明智町の中心駅で、駅の周辺に大正時代の建物が多く残っていて、日本大正村と称して、これらを観光資源として活用している。
 次の列車で恵那に戻るのだが、出発まで20分ほど時間があるので、ちょっとだけ町並みを見学してみる。
 大正路地と名づけられた蔵の間の路地を抜けると、目の前に立つのが旧町庁舎。木造の洋館で、なかなかシャレオツな建物。
 まあちらっと見たところが悪かったのかもしれないが、「大正」というよりは、「明治」な香りがする町並みだったが、なんにしろ、風情があることは間違いない。
 それは良いのだが、この日はなんらかのイベントがあったらしく、大正村の入り口のステージでどなたかの歌のステージが開催されていた。
 で、そのステージのおっさんが熱唱していたのが某マッチさんの「愚か者」。
 本家比2800倍のねちっこさで「♪お~ろ~か~も~~~の~~~よ~~~っ」が大正村全域に響き渡っている。
 当然、脳内で「愚か者」がループ再生されるという不治の病に罹患することは必須で、道中、この病に苦しめられることになる。
 大正村、ヤバし。

 帰りは、行きの車両の明智寄りにもう1両連結され、2両編成での運転となった。しかしながら、連結された車両は立ち入り禁止で、中を覗くとなにやら会議室のような机が並べられていた。
 折り返しの明智行きの列車で、なんだかの移動会議でも開かれるのだろうか??

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