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2015/10/06

国道51号線 水戸-千葉124km

 今回の国道の旅は、関東の一番東の端っこを千葉から水戸まで北上する国道51号線。
 100キロちょいの国道なので、一気に走破します。

水戸駅前からスタート(上)
水戸駅前のちょっと気になる廃墟(下) (左)駅から見て右方向が51号線。左は50号線
(右)表も裏もどちらも終点のキロポスト
水戸・水戸駅前

 水戸駅北口のすぐ目の前が、前橋から続く国道50号線と千葉から続く国道51号線の終点。
 向かって左のほうが50号線で、右が51号線。終点を示すキロポストも立てられていて、表裏それぞれ終点と書かれている。
 今回は国道51号が目的なので、駅から右に向かってスタートする。

 ところで、水戸駅前で気になったのが駅前の空き地。なんかの建物の跡地だと思うのだが、微妙にコンクリートの基礎が残っいてる。こういう感じの廃墟って、海外ではわりと街中でも目にするが、日本では結構珍しいとおもう。何の跡地なのかがすごく気になったのだがわからずじまい。
 この後も、茨城県内を走行しているとなんとも気になる廃墟らしき建物の姿がチラチラと見受けられた。水戸は廃墟のパラダイスかもしれんぞ、と思いつつ先を急ぐ。

(左)大洗マリンタワー
(右上)大洗サンビーチとその向こうに見える鹿島灘
(右下)大洗フェリーターミナル 大洗サンビーチ 100キロポスト
大洗・大洗サンビーチ

 水戸を出て、30分もすれば鹿島灘の海が見えてくる。
 とりあえず立ち寄ったのは、大洗サンビーチに立つ展望タワー大洗マリンタワー
 天気が良ければ、どこまでも真っ直ぐ続く鹿島灘の先端犬吠埼まで見渡すことができるのだという。曇り気味の天気なので、きっと見通しは良くないはずなのだが、実際どの辺りまで見えているのかはよく分からない。
 タワーを出たら、続いて近くの海水浴場まで行ってみる。
 お盆もとっくに終わった季節なので、当然海水浴客はいないのだが、まあまあの数のサーファーが波に乗っている。
 さすがは外海で、海水浴場っつてるのに、波が結構高い。伊勢湾の奥深くでひっそりと暮らす尾張の民のイメージする海水浴場ってのはもう少し穏やかな海なのだが、どうやらここは違うようだ。

鉾田・縦山交差点

 大洗からは鹿島灘にほぼ沿うように、道路は真っ直ぐに南下している。
 途中の鉾田市で、100キロポストを確認しつつ、どんどん南へ進む。
 鹿嶋市に入り、カシマスタジアムの横を通過した後、51号線は東へ進路を変えるのだが、ここまで鹿島灘に付き合ってきたんだから最後はまで見届けようと、ちょっと寄り道して、鹿島灘の先端犬吠埼を目指す。

(左)犬吠埼灯台の中の階段
(右)犬吠埼灯台 (上)海の向こうに白い建造物が...
(下)タンカーでした... 犬吠埼灯台の真下から見る鹿島灘
銚子・犬吠埼

 寄り道と言うには長い時間をかけて、ようやく犬吠埼に到達。
 犬吠埼の先端に立つ犬吠埼灯台に登ることができるので、今度は鹿島灘の先端から大洗の方を眺めてみる。
 天気が回復してきたので、あるいは何かが見えるかもしれないと思っていたら、海の彼方、水平線ギリギリになにか白い建物が見える。もしかしたら、大洗のタワーかもと思ったのだが、デジカメの光学ズームで確認したところどうやらタンカーの船橋の模様...。

 犬吠埼灯台には展示室が併設されていて、中ではかつて稼働していた本物の灯台のレンズがくるくる回っている(ただし、犬吠埼ではない他の灯台のもの)。灯台というと、一定間隔で光が放たれるイメージがいると思うのだが、あれは灯台の中のレンズが回転して、光源を遠くに飛ばしている。
 なんとなくイメージはできていたのだが、まさに、「百聞は一見にしかず」で、その様子がよくわかった。
 飾ってあったレンズは、長めに1回、間をあけて、短めに2回点灯するタイプなのだが、その通り、大きなレンズ1つと小さなレンズ2つが組み合わさっている。このため、灯台は等速度で回転しているにもかかわらず、光はリズムを刻むように点灯するのである。

日本で2番目に大きな湖・霞ヶ浦
潮来・霞ヶ浦

 寄り道に時間を食い過ぎたので、あわてて鹿島に戻って51号線の旅を再開。
 茨城県の別れ際に現れるのが、日本で2番目に大きな湖・霞ヶ浦。ただ、残念なのは湖を避けて通る51号が渡る部分はとても狭く。ほとんど川のようにしか見えない。そういえば、琵琶湖でも国道1号線が横断するのはほんの端っこで、そちらも川のようにしか見えなかった。

茨城・千葉県境

 霞ヶ浦を過ぎてほんの数キロで、利根川にかかる大きな橋を渡る。利根川は国道51号線唯一の県境で、ここから千葉県に突入する。

(上)成田空港の滑走路からみるペンション(2015/8/6 撮影)
(下)ペンションの入り口があるはずなのだが (左上)芝山鉄道・芝山千代田駅
(右上)区間は、わずか1駅間
(左下)1時間に2往復程度走っている
(左下)京成の車両が乗り入れてくる (左上)ホームの向こうに見える使われなくなったホーム
(右上)「壊れています」という神すらも壊れている
(左下)第1ターミナルまで歩いていける。もちろん第2も
(左下)東成田駅外観
成田・成田空港

 51号線の千葉区間の真ん中辺りに成田空港がある。51号線は第2滑走路の北端の地下を通りねける。
 ところで、成田空港って飛行機の窓から見ると、成田闘争の残骸として未だに未買収地がエプロンのどまんなかに森が残っていたりするる。
 中でも前から気になっていたのが、第1滑走路と第2滑走路を繋ぐ誘導路の真ん中に陣取っている木の根ペンションという謎の建物。ペンションとは名ばかりで営業実態はないようなのだが、いったいどうやって出入りするのか気になっていた。
 で、地図上は木の根ペンションに繋がっている道路のある場所を通ってみたのだが、そこには道路はなかった。謎は、深まるばかりだ...。

成田・芝山千代田駅

 成田空港建設の残骸といってもう一つ思い出すのが、日本一短い鉄道・芝山鉄道。
 芝山鉄道というのは、成田空港建設で分断された芝山地域への補償として建設された鉄道で、その距離はわずか2.2キロ。とは言っても、線路は2キロで終わっているわけではなく、そのまま京成電鉄に乗り入れているので、短いという感は全く無いのだが、日本一ってんだからとりあえず乗ってみることにする。
 終点の芝山千代田駅で切符を買い(PASMOなどのICカードに対応していない!)、ホームへ。ホームは成田空港のエプロンを覗くことができる、航空機ファンの穴場ポイントとなっている。
 で、40分に1本しか無い貴重な電車に乗り込み3分後、隣の東成田駅に着いたところで、芝山鉄道は終了。電車は、そのまま京成線方面に直通していく。

成田・東成田駅

 その東成田駅は、京成電鉄の成田線の終点でもある。しかしながら、大半の乗客は手前から分岐する成田空港や空港第二ビルで乗り降りするので、成田空港の敷地内にあるにも関わらず閑散としており、駅構内は暗い。どのくらい暗いかというと、「壊れています ご注意ください」と張り紙が貼られたベンチが放置され、その張り紙すらも破れているというぐらいのペーター卿ですら恐れおののくほどの暗黒面。
 この東成田駅だが、1991年に現在の成田空港駅が開通するまでは成田空港の鉄道アクセスのメインゲートとして活用されており、使われなくなったホームややたらと広いコンコースなど、今でもその痕跡を見ることができる。
 もちろん、現在でもここから第1ターミナル、第2ターミナルに歩いていくことはできるので、今度成田に用があるときは、この駅を使ってあげようと思った。

(上)道の向こうは、14号線
(左下)裏へ回れば、起点の看板
(右下)歩道の縁石にも0キロの表示
成田・芝山千代田駅

 さて、芝山千代田駅に戻ったらすっかり薄暮。あわてて国道51号線に戻った頃にはもう闇夜。
 成田空港から千葉市内までは、片側2車線の広い道で、時折軽い渋滞がありながらも、すいすいと進むことができる。

千葉・桜木町

 だが、ゴールまであと数キロという、千葉の中心部に着くと様相が変わってくる。
 道はどんどん細くなり、ついには歩道もないような道になるのだ。ここまでの道中、コンスタントに立てられていたキロポストも4キロあたりを最後に潰え、国道のおにぎり標識も姿を消すようになる。
 「おいおい、ここは本当に51号なのか?」と、不安になるのだが、交差点の手前の道案内標識などには、51号と書かれているからどうやら道は合っているらしい。
 で、ついには、ゴール2キロほど手前の道案内板に「幅員狭し」の注意書きまで書かれる始末となる。これでも、国管轄の直轄国道のはずなのだが...。
 その幅員の狭い住宅地の中の道を数分進むと、ゴールの広小路交差点に辿り着く。
 交差点の向こうは、国道14号線で、14号線を走った時にも書いたのだが、実に何もない交差点である。
 申し訳程度に歩道の縁石に「51 0.0」の文字が書かれていて、ここが間違いなく国道51号線の起点だと確認できる。
 うん、間違いなくゴールにたどり着いたらしい。

 水戸から、かなり遠回りをしなからなんとか千葉までたどり着いた。
 当ブログでは空白区だった地域を巡ることができて、思ったよりも目新しさのある旅でした。

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