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2012/02/20

国道45号線 三陸海岸縦断 (2日目・後編)

 国道45線で、三陸海岸を南下する旅、2日目は宮古から南下を始めて午後3時に、陸前高田市に到達。
 この街には、まだ、震災の後がくっきりと残っている。

陸前高田市街
すっかり瓦礫は、撤去され広大な空き地が広がる 学校と思われる建物(左)
撤去された、がれきの山(右)
陸前高田・市街

 陸前高田市は、津波による被害が最も大きかった街の一つであり、迫り来る黒い津波の映像は幾度と無く、ニュースで報道された。
 あれから1年近くが過ぎ、街の姿はどうなってしまったかといえば、完全に更地になってしまっている。
 おそらく、津波の被害が大きいかった分、瓦礫の撤去も早く進み、どの街よりも早く、更地への復元が進んでいるのだろう。
 もちろん。瓦礫が撤去されたとはいえ、その処分は進んでおらず、港近くの街の一角に、文字通り山のごとく積み上げられている。この瓦礫の処分が大きな社会問題になっていることは、報道されている通りなのだろう。
 市街地のあったであろう港近くの平地は、本当に、ほぼすべて空き地となっていて、見渡す限り”無”の状態となっている。このような広大な”空き地”は、見たこともない風景だ。
 そんな、空間に、ひとつだけ、ガソリンスタンドの看板が残されていた。10メーロルは優に超えるであろう看板の下部のみが壊れ、上部はそのまま残っている。おそらく、この看板の破損部分まで津波に流されたのであろう。
 街全体をこれだけたかさで覆う水の量を想像すると、津波の巨大さと恐ろしさを改めて思い知らされる。

岩手宮城県境
岩手・宮城県境

 陸前高田市と気仙沼市の間が岩手県と宮城県の県境。
 この旅3県目にして、最後の県に突入。

気仙沼は、大規模な火災にも見舞われた 気仙沼市街地にまだ残る船 気仙沼港近く、地盤地下の跡が見られる
気仙沼・市街

 峠を超えて、宮城県、気仙沼市に入る。気仙沼もやはり、津波に寄る大きな被害を受けた街だが、陸前高田市と比べると、まだ、建物が少し残されている。しかしながら、気仙沼市は、津波の後大規模な火災に覆われたため、残された建物の多くに焼け焦げた後が残り、火災の跡を認めることができる。
 海から数キロ離れた場所に、まだ、大きな船が取り残されていた。巨大なクレーンを使っても持ちあげられないであろう船を津波はいとも簡単に街中まで引きずってきたということだ。
 港の近くに行くと、地盤沈下で道路よりも沈んでしまった場所や、傾いた建物、電柱が至るところに残っている。震災からもうすぐ1年となり、瓦礫の処理は、徐々に進んでいるものの、町の再建には、まだまだ時間がかかりそうである。

夕暮れの大谷海岸 陸前小泉駅
辛うじて駅の形跡は見られるが、周辺には何も残っていない
気仙沼・大谷海岸

 気仙沼からさらに南下を始めると、空が夕闇におおわれてくる。
 本州で最も東に位置する三陸海岸の日没は早く、この時期、5時前には真っ暗になってしまう。

気仙沼・陸前小泉駅

 気仙沼線の陸前小泉駅。線路はもちろん、駅も、そして、駅前にあったであろう建物も何も残されていない。
 気仙沼線の再開の目処は全くたっておらず、未だ、鉄道として復旧させるかどうかというレベルでの議論が行われているそうだ。

南三陸町に入ったところで、2日目終了
南三陸町・歌津

 南三陸町に入ると、すっかり夜。
 歌津地域の交差点で、本日の旅は終了。周囲にキロポストが無かったので、正確ではないが、ゴールの仙台まで、あと107キロ。

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