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2010/03/07

大阪市営渡船八艘飛び(前編)

 大阪市内には、8ヶ所も渡し舟が運航されている。
 川を渡るのに、何ゆえに、今時、橋ではなくて船なのか? と、思うかもしれないが、これには、理由がある。
 大阪市内の港に近い区域では、大型船の航路を確保するために、橋の桁下を一定の高さ以上にしなくてはならないのだそうだ。そのため、橋があっても、歩いて渡るには高すぎるため、代わりに、市が渡り舟-大阪市営渡船を運航しているのだそうだ。
 8ヶ所というと、一日で周るには手ごろな数ということで、先日、大阪市営渡船8航路を完全制覇すべく、8番勝負に出かけてきた。

 大阪市営渡船8航路は、1ヶ所を除いて、大阪市大正区を囲むように運航されている。
 地図にすると、こんな感じ。

 ”壱”と書かれた天保山渡船だけが、若干離れた場所にあるが、それ以外は全て大正区とその周辺にある。
 どの航路も、川や運河をちょいと渡るだけで、所要時間はほんの数分。料金は全て無料。
 船には、徒歩か自転車で乗ることができて、車は運ばない。(自動車用の橋なら、あちらこちらにあるので、船を使う必要はないっつーこと)

USF近くの桜島駅からスタート
左下・USJ従業員用ゲート 天保山渡船 天保山
壱番・天保山渡船

 まずは、少し離れた場所にある天保山渡船から攻めて見ることにした。
 天保山渡船は、USJのすぐ裏手と海遊館などのある天保山エリアを結ぶ渡り舟。市営渡船8航路の中では比較的地理的にメジャーな位置にある。
 USJの玄関口・JRゆめ咲き線ユニバーサルシティ駅の隣の駅、桜島で電車を降りて、徒歩で渡船場を目指す。
 桜島駅のすぐ裏手はUSJの敷地で、駅の隣には従業員入口もある。
 駅から渡船場までは徒歩10分ほど。駅から渡船場まで随所に道案内看板が出ていて迷うことはないのだが、だんだん周囲に人の気配が消え、周りは港の倉庫街となるため、なんとなく不安になる。
 しばらくすると港の堤防にの前に、”天保山渡船場”の文字を発見する。堤防の隙間のような渡船場の入り口を抜けると、意外と綺麗な渡船場の待合室があった。
 次の出航まで15分ほど時間があるのだが、すでに二人ほど船を待つ人がいて、徐々にその数が増えていった。
 桟橋の手前には門があり、出航まで桟橋には入ることはできないようになっている。
 目の前は軽く川幅100メートルはありそうな安治川があり、その向こうに天保山の大きな観覧車が見える。
 どうやら渡船は天保山側の桟橋に係留されているらしく、対岸にそれっぽい船が見える。

 出航の時間になると対岸の青い船が乗客を乗せ、すぐさま動き出した。
 予想外の猛スピードでこちら側に向かってくると、桟橋の手前で全盛期の土屋圭市並のドリフトで、くるっと180度転回して桟橋に接岸。
 船から"OSAKA CITY STAFF"のジャンバーを着た職員が船を飛び降り、船を素早く係留すると桟橋の門を開け、対岸から運ばれてきた乗客を降ろした。
 降りてきた客は十数人ほどで、大半は自転車。こちらから乗る客もだいたい同じぐらいの数。
 全員が船に乗り込むとやはりあっという間に出航して、あっという間に天保山に到着する。

 船から降りると、すぐそこが天保山。
 天保山ってのは、江戸時代に安治川を浚渫した際に土砂を積み上げた人工の山で、当初は高さが20メートル程はあったそうな。国土地理院の地図にも”山”として掲載されているため、日本一低い山として有名。
 で、おいらはなんとなく、公園の丘のようなものを想像していたのだが、実際は丘ですらなく、ただの広場。
 というのも、高度成長期時代の地盤沈下で現在の天保山の高さは標高わずか4メートル余りで、山どころか、むしろ、周りよりも低くなってしまっている。
 天保山の周りは小さな公園となっているのだが、山頂とされる水準点がある場所は、公園の中でも低い位置にあり、ちょっとおもしろさも半減。
 こうなったら、山岳救助隊でも常駐させない限り、全く山には見えませんなぁ。(いや、救助隊をおいておいてくれたら、おいらも遭難してみせるけどね。)

ノーマイカー フリーチケット 甚兵衛渡船 (左)運休中は×印が点灯する
(右)渡船の時刻表
弐番・甚兵衛渡船

 続いては、港区と大正区の間を隔てる尻無川を渡る甚兵衛渡船へ向かう。
 で、今回の”大阪市営渡船八艘飛び”を敢行するにあたっての問題点が、渡船間の移動。すべての渡船の間はそれぞれ数キロで、徒歩圏内にある。だが、全部の距離を合計すれば、軽く10キロを超え、虚弱体質のおいらとしては、遭難覚悟の旅となってしまう。自転車があれば、距離的には調度良いのだが、名古屋からここまで自転車でくるわけにはいかない。
 渡船ってのは、どれも街のはずれにあり、電車の駅からは遠いし、タクシーを乗り回すような王侯貴族でもない。
 となると、残された手段は”市営バス”。渡船場間を直接結ぶバスはないが、途中ちょっとでもバスに乗れば、総走行距離はかなり縮まるはず。と、考え、おいらは大阪市交通局発行の”地下鉄・ニュートラム・バス ノーマイカー フリーチケット”を入手する。
 これは、毎週金曜日と毎月20日のノーマイカーデーに利用することができる一日乗車券でお値段はわずか600円!
 早速これを駆使して、天保山からバスで10分ほど揺られて、甚兵衛渡船場に(比較的)近い夕凪バス停に向かう。
 ここから南東に10分ほど歩くと、やはり高い堤防の隙間に甚兵衛渡船場の入り口が見える。
 さっきの天保山渡船にもあったのだが、渡船場の乗り場の手前には、黒い信号機大の電光掲示板があり、船の運航状況を知らせてくれる。運休しているときは”×”印が点灯するらしいが、いい天気の本日は当然”×”は点灯していない。
 待合室や桟橋の様子、船の形なんかは、さっきの天保山渡船とほぼ同じ。
 ただ、海からやや離れたせいか、川幅が半分の50メートルぐらいになり、対岸が近くに見える。
 船を待つ人の数は、やはり10人前後で、こちらも自転車勢がマジョリティ。
 各渡船には当然時刻表があるのだが、待合室に掲載されている時刻表は両岸とも同じ。
 どういうことかというと、時刻表に書かれている時刻は船が係留している側を出航する時刻で、対岸では、その船がつき次第出航するの。ということは、船が係留されていない側では、時刻表の時刻から数分経たないと出航しないということになるのだが、まぁ、数分の差なので実用上は問題ないということですな。

 しばらくして、定刻になると、対岸から船が出航する。
 あっという間にこちらの桟橋に係留さると、また、あっという間に出航する。その間、わずか10分弱。

 対岸の大正区に上陸すると、そこは、団地の中。名古屋からきた観光客は、明らかに場違いな珍客に見える。
 さて、次の千歳渡船場までの距離は1キロ少々、次の便の出航までは20分。
 急げばなんとか歩いて間に合う距離と時間なので、団地の中をやや早足で進む。

千歳渡船 渡舟に並行して橋は通っているのだが...
参番・千歳渡船

 甚兵衛渡船から千歳渡船に向かう間の道すがら、やたらとたくさん沖縄料理の店を見かけた。あとで調べて分かったのだが、このあたりは沖縄から移り住んできた方多いのだそうだ。
 で、まあ、若干道に迷いかけたため、そんな景色を気にする暇もなく、早足で先を急ぎ、出航数分前に、なんとか渡船場に到着した。
 千歳渡船は、今までの渡船とは違い、航路とほぼ並行して橋が通っていて、歩道も用意されている。
 だったら、橋を通ればいいじゃないかと思うかもしれないが、この橋の高さが半端じゃない。
 渡船に乗った後、橋を渡って写真を撮ろうと思っていたのだが、そんな気が全く失せるような高さで橋がそびえ立っている。
 おいら以外の歩行者もそこそこいたのだが、みんな橋には目もくれず、千歳渡船乗り場に向かっていた。
 渡船場にはおなじみの桟橋とおなじみの青い船が待ち受けていて、おいらが着くとほぼ同時に乗船を開始した。乗客は今までよりやや多い、20名弱といったところ。
 千歳渡船は川ではなく、港の入口を横切るように渡っていく。
 そのため、航路の長さも全航路で最長の300メートルオーバー。とはいえ、わずか数分の船旅には違いなく、気がついたら対岸に接岸している。

 対岸は遠まわりすれば陸続きの場所で同じ大正区のせいなのか、なんとなく同じような景色が続いていた。
 千歳渡船と次の船町渡船間はバス路線1本で行けるため、バスに乗り込み船町渡船を目指す。

船町渡船 船町渡船を降りると、工場地帯の真っ只中
四番・船町渡船

 船町渡船でも、やはり同じような待合室、桟橋、船、そしてOSAKA CITY STAFFジャンバーの職員二人がおいらを待ち構えていた。
 ただ、今までと、ちょっと違うのが、船に乗り込む人の数。
 その数、おいらを入れてわずか3名。その理由は対岸に渡ってすぐに分かった。
 今まで一番短いわずか70メートルほどの川を渡ると、そこは工場地帯の真っ只中。
 平日の昼間にのんきに歩いている一般市民は皆無の様子。

 で、次の木津川渡船だが、大阪市営渡船の中で、ずば抜けて運行本数が少なく、昼間は45分に1回しか船が出ない(他の航路は、昼間は15~20分に1便)。
 で、時計を見ると、次の出航時刻までは15分。
 乗り場までの距離はわずか1キロだが、急がないと、この工場地帯で45分待ちぼうけを食らうことになる...!

 ちょっと、長くなったので、8番勝負の後半戦・残り4番は、後編へ!

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